義援金

  • 東北関東大震災義援金
フォト

外為情報

楽天

Facebook

韓国

2013年3月11日 (月)

韓国の素晴らしい歌 ーー イウンミの「愛する人はいます」

K-POPと言えば、何か騒々しいダンスミュージックばかりという印象があるが、実はなかなか聴かせるスローな曲も多い。

2〜3年前に流行った曲で、李恩美(이은미=イウンミ)が歌った「愛する人がいるわ(애인 있어요=エインイッソヨ)」は実に素晴らしい。特にその歌詞は秀逸だ。日本語に訳すとこんな感じになる。

 

아직도 넌 혼잔 거니 물어오네요.난 그저 웃어요.
사랑하고 있죠. 사랑하는 사람 있어요.

그대는 내가 안쓰러운 건가 봐.
좋은 사람 있다며 한번 만나보라 말하죠.

그댄 모르죠. 내게도 멋진 애인이 있다는 걸.
너무 소중해 꼭 숨겨두었죠.

그 사람 나만 볼 수 있어요. 내 눈에만 보여요.
내 입술에 영원히 담아둘거야.
가끔씩 차오르는 눈물만 알고 있죠.
그 사람 그대라는 걸.

나는 그 사람 갖고 싶지 않아요.욕심나지 않아요.
그냥 사랑하고 싶어요.

그댄 모르죠. 내게도 멋진 애인이 있다는 걸.
너무 소중해 꼭 숨겨두었죠.

그 사람 나만 볼 수 있어요. 내 눈에만 보여요.
내 입술에 영원히 담아둘거야.
가끔씩 차오르는 눈물만 알고 있죠.
그 사람 그대라는 걸.

알겠죠. 나 혼자 아닌걸요. 안쓰러워말아요.
언젠가는 그 사람 소개할게요.
이렇게 차오르는 눈물이 말 하나요.
그 사람 그대라는 걸.

まだお前一人なの、って私に聞くわね。私はただ、笑うだけ。
愛する人はいるわ、恋をしてるわ。

あなたは私を可哀想に思うようね。
いい人がいれば、一度会ってみろなんて言うし。

あなたは知らないでしょう。私にも素敵な恋人がいることを。
とても大切にしまってあるのよ。

その人は私だけが見ることができるの。私の目にだけ見えるの。
私の唇に永遠にしまってあるわ。
時々、あふれ出る涙だけが、知っているのよ。
その人があなただっていうことを。

私はその人を手に入れたいとは思わないわ。欲張らないわ。
ただ、そのまま愛したいの。

あなたは知らないでしょう。私にも素敵な恋人がいることを。
とても大切にしまってあるのよ。

その人は私だけが見ることができるの。私の目にだけ見えるの。
私の唇に永遠にしまってあるわ。
時々、あふれ出る涙だけが、知っているのよ。
その人があなただっていうことを。

わかるでしょ、私がひとりぼっちじゃないことを。可哀想に思わないで、いつかその人を紹介するわ。
こんなにあふれ出る涙が、言っているわ。
その人があなただっていうことを。

2012年12月31日 (月)

2012年を終えるにあたり ーー 竹島は日本固有の領土です

韓国では、日本が竹島の領有権を主張すること、日本人が竹島は日本領だと口にすることすら悪しき極右/軍国主義と、国民に教育し、多くの韓国人はそう信じている。

日本が竹島を正式に島根県に編入した1905年は、「日露戦争に勝利した日本が米国と桂タフト協定を結び韓国の支配権を国際的に確立し」、「第二次日韓協約=乙巳保護条約で韓国の外交権を奪い実質的な保護国にした」年なので、竹島は「韓国を植民地化した最初の土地」で、日本人が竹島の領有権を口にすることは「再び韓国を植民地化しようとする日本軍国主義の復活」だと、ほぼ全ての韓国人は疑いもなく信じている。

通過点にすぎない歴史的な「事象=瞬間」を、自らの都合の良いようにつなぎ合わせて論理を構成する、ご都合主義的歴史観だ。
領土の帰属にあたって重要なのは、その場所で誰が何をしていたかだ。竹島はそもそも、海洋民族である日本人にとって江戸時代の初期からの大切な漁場であり、生活の場所であった。一方、北方騎馬民族の末裔である朝鮮民族は、海産物を穫ることへのこだわりは日本人ほどなく、李朝の太宗は竹島はおろか韓国領である鬱陵島にも渡航禁止令を出していたほどだ(1400年代初頭から約450年にわたり李氏朝鮮は鬱陵島への渡航を禁止していた)。

話しはそれるが、韓国で本格的な沿岸漁業が始まったのは日本統治時代。主に瀬戸内から移住した日本人漁民によってである。韓国の魚食文化は意外に短く、生の刺身を一般的に食べるようになったのは、1970年代以降のことだ。有史以来、海産物を主要な食料源としてきた日本では魚食文化が多種多様に発達したが、朝鮮にはそれがない。逆に肉食については、頭やシッポから内蔵まで食べ尽くす朝鮮の肉食文化に日本のそれははるかに及ばない。

韓国人との対話において、まず国が違えば立場が違うのだから日本人が竹島の領有権を主張することは当然のことで、それを「極右/軍国主義」と批判することは誤りであること。竹島の領有権と韓国併合は無関係なものであり、生活の場、日々の糧を得る場として、日本人は長きにわたり竹島を利用してきたこと。韓国の肉食文化が非常に奥深く日本人には真似できないのと同様、日本の魚食文化は韓国よりもはるかに多種多様で、なぜ危険を承知で竹島まで漁にいくかは、その食文化の違いから考えれば分かること。(肉食文化の韓国で、本土から300kmも離れた日本海の孤島に危険を冒してまで漁に行く経済的合理性がないこと)、等々を主張している。

自分の主張に対して、相手が激高して対話にならない場合もあるにはあるが、常識的、理性的な韓国人であれば、日本人がなぜ竹島を自国領と主張するか理解してくれるようだ。それで、日本の領有権主張を認めるまでにはならないが、日本と日本人を考える一助にはなると思う。

2012年10月15日 (月)

「韓流」ブームはもう終わらそう ーー 韓国とは節度ある距離感があった方がいい

李明博の竹島上陸や陛下への不敬な発言、ロンドン五輪での余りにも無礼な振る舞いなどで、やっと日本人も「韓国」の異常さに気がつき、最近では韓国への修学旅行を中止するなり、TVでの「韓流ドラマ」の放送時間が減少するなりしているようだ。やや遅きに失した観はあるが、今までが異常だったのだ。

とにかく、この10年余りで、こうも日本社会に「韓国」が入り込んできたのは戦後、初めての現象に違いない。TVを見れば「韓流ドラマ」、街を歩けば「韓国食品」に「韓流グッズ」。夜の世界では韓国人売春婦たちの「韓国デリヘル」に、不法滞在、不法就労、偽装結婚の温床になっている韓国人ホステスによる「韓国クラブ」。かろうじて日本のまともな消費者の目は欺けないのだろう、「Samsung」や「Hyundai」のパクリ電機製品や、物まね自動車は相手にされないようだが、油断しているうちにNTTがせっせと「三星ギャラクシー」を宣伝している。
<
今や東京最大の「コリアンタウン」の新大久保など、つい十数年前まで、若い女性が好んで出かけるような場所ではなかった。ドヤ街とラブホテルが林立して決して風紀のいい場所ではないし、職安通りなど駅からも遠いので特別な用事がない限り、わざわざ出かけるような場所ではなかった。だから、不法滞在を含む外国人が居住しだし、いつの間にか韓国人の街になってしまい、それを目当てにした多くの「韓流ファン」が集まり出した。新大久保から新宿歌舞伎町裏一体という、最も普通の女性たちに縁遠い場所が、いつの間にかそうした女性たちで一杯の街になってしまった。
<
東京で伝統的なコリアンタウンと言えば、荒川区の三河島や東上野、浅草六区界隈、枝川など在日朝鮮人が集住する地域だ。東京の居住者でも普通の日本人には余り馴染みのない地域で、在日=オールドカマーがその主人公だ。一方、在日とは異なり80年代以降、韓国から渡航してきたニューカマーたち(主に夜の世界で働くホステスたち)は、上野の仲町通りや赤坂、新宿歌舞伎町などの「韓国クラブ」で仕事をし、そうした女たちを対象とした「韓国食堂」、「韓国美容室」、「韓国ビデオ」、「韓国人教会」などが出来ていった。少しづつハングルの看板が増え始め、徐々に「韓国人街」の様相を呈してきたのが90年代までの状況で、このように「韓国人街」が生成されるまで20年近くの時を要したわけだ。新宿の職安通り一体もかつては、そうした「韓国人街」で一般の日本人とは縁遠い地域だった。
<
ところが、今の職安通りはどうだろうか。「韓流ファン」(主に女性たち)の聖地と化している。あの暗くて、場末で、売春婦(立ちんぼ)が徘徊していた場所が、こうも短期間のうちに一変してしまった。明るい街になったのは大いに結構なことではあるが、その明るさの中で、本当に韓国人にまつわる様々な問題(不法就労、不法滞在、偽装結婚、売春、麻薬、etc.)が解決されているのだろうか?「韓流ブーム」がここまで凄いとは正直、思わなかった。
<
このブログで何度も書いているが、自分は韓国とは80年代から関わりをもっている。正直、80年代に韓国に行くと言えば、回りから白い目で見られたものだ。特に職場の同年代や先輩の女性から随分、嫌みを言われたものだ。当時、韓国に遊びに行く=キーセン観光というイメージしかなく、実際、日本から韓国に渡航する人は業務渡航を除くと、キーセン観光や済州島で実弾射撃練習をする暴力団、統一教会を含む得体の知れない宗教家、または覚せい剤を含む密輸に手を出す在日と相場は決まっており、少なくとも今のように普通の日本人が出かける場所ではなかったのだ。(当時、自分を白い目で見ていた女性陣が、今の「韓流」ブームの主役であるのは実に皮肉ではあるが)。つまり、日本にとって韓国は縁遠い存在であり、またどこか「暗く」て「やましい」国だったのだ。
<
ところが、この10年余りで韓国は余りにも身近な存在になってしまった。日本にいる韓国人も凄まじい勢いで増えた(韓国人が自由に海外渡航できるようになったのは1989年からだ)。だから、否応無しに韓国の情報であふれかえってしまい、それまで日本人に当たり前にあった韓国への「警戒感」や「不信感」が消散してしまった。これを良しとするかどうか...。最近の日韓関係を見ると、自分は結果的に「良くなかった」と思う。韓国と日本はそもそもが「水と油」の部分が少なくなく、余りにも近づきすぎると問題ばかり多くなるからだ。
<
「竹島問題」、「慰安婦問題」を含む「歴史認識」、「北朝鮮問題」などなど、日本と韓国では決して相互理解できない「越えられない壁」があるのだ。なので、下手に交流を深めるより、一定の距離を置いて節度ある付き合いをしていた方が双方にとって幸せなのだ。そういう意味において、もういい加減「韓流」ブームに踊らされるのは止めるべきで、韓国に対する一方的な「幻想」も捨てるべきだ。かつてそうであったように、韓国は日本人にとって縁遠い存在であり、日本人は長い間、韓国をどこか「おどろおどろしく」「暗く」「不気味」なイメージでとらえていたのだから。そして、そのイメージが決して誤った認識ではなく、一定の真実に基づいていることを思い出すべきである。

日本会議

  • border
2016年7月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

ブログランキング

Link

無料ブログはココログ